続続続・たまゆら(番外編)

 この間、面白いことを聞いた。また例の植木さんのお話になるんだけど、あなたインドで邪気をはらう木と云うのがありますが、ご存じですかって聞くんです。知りませんと、すなおに答えたらすぐ説明してくださったの。あの国には昔から、「聖なる五種の木」というのがあって、それはねえ、といっても、そんなもの、とても覚えられないのでメモを見るわ。

 えーーと、えっと、まずベンガルボダイジュでしょ、インドボダイジュ、それにねパカル、それからマンゴー。それからウドンゲノキでしょ、あっこれでもう五種になるわね。そしてね、これらがみ~んな、といってもマンゴーは違うらしいけどね。み~んなイチジク族の植物なんですって。

 へええ、っていったら、植木さんがいうのよ。それでぼく気がついたんだけど、西洋でもイチジクは重要な植物なんですよね。キリスト教のシンボル事典を開くと、アダムの食べたのはリンゴだと言う説は、間違いでイチジクだったと云うのが本当らしい。

 あら、でも喉仏のことアダムのリンゴって云わない?って聞くと、あれは文法的なあやまりで、リンゴにさせられちゃったんですよ、って仰るのよ。つまり、誤訳なんですって。あたしには何のことか分からないから、話の間じゅうふんふん云ってたの。そういえば彫刻なんかで、体を覆ってるのはリンゴじゃなく、イチジクの葉っぱよねえ。それにねえ、幼子イエスがイチジクを摘んでいる絵まであるんですって。そんなの見たことないわ。(@_@;)

 あっ、それから、Yさんが云ってらしたけどね、作者の紋次郎がどっか知らないけど旅に出るんですって。だったらこの欄も、暫くはお休みねえ。

 ヤーさんの世界じゃ、よく10年間の関東ところ払い、なあんてあるらしいけど、紋のやつ、また悪いことでも仕出かしたんじゃな~い?でもそんなこと、あたしにはゼンゼン関係ない紋。(^_-)-☆          (つづく)

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続族続「たまゆら」

 前号は、あたしが泰雄に会いに連絡艇『A330号』で娑婆へ出かけるところ迄だったわね。泰雄のヤツ、家を空けて一体どこへ行ったんでしょう?それがね、やっと見つかったんです。みなさんは、一体どこに居たとお思いですか?それがね、K町の墓地だったんですよ。実はきょう5月16日は、あたしの命日だったんです。

 ああ、見えます、見えます。いま管理事務所のドアからまず、長男の洋一郎が、つづいて嫁の晴子、孫の翔太。しばらくして次男の泰次郎、孫の由可里、嫁の五月。ほとんど同時にお目当ての泰雄が出てきます。そのあと、一行は揃って歩き出し、途中水場に立ち寄り、皆で手分けして、雑巾や手桶を運んでいます。お供え物もたくさん持ってきたようです。

 墓石だけど、お隣のは赤っぽい石だけど、あたしのは黒御影石。落ち着きがあって、どっちかというと黒の方がすきです。今は地震対策のためか、角柱型のものが減り、かまぼこ型と云うのかしら、くし型というのかそんなのが増えてきた感じです。上に大きく「和」という文字が彫ってありますが、これは息子達が相談して決めたようです。上空から墓地一帯を眺め渡してみると、赤いバラを彫ったり、参詣者にありがたい教訓を垂れるようなものまであって、なかなか興味深いものがあります。

 子供たちの会話を聞いていると、去年まではまだ櫛の歯の欠けたような感じもあったけれど、今じゃあどんどん売れて、あたしのお墓の周りを見ても、空いているところがないくらい埋まっている。場所が私鉄駅から車で10分程だし、周囲も森があったりして、ケッコウ環境も悪くないせいでしょう。自社のマイクロバスも走らせているので、車を持たぬ人にもわりと便利そうだ。

 あたしのお墓は、みなで寄ってたかって、石をキレイに洗い清めた上、お花を沢山飾ってくれた。連中が着く少し前に、弟の家で来てくれたらしく、すでに新しい花が沢山置いてあった。お陰で、うちのと、弟のとで石の字が見えないほど賑やかになった。

 お参りしてくれたあとは、例によって、墓石を背景にした記念写真の撮影だ。張り込んで、沢山の線香を燃やしてくれたせいか、チョッと煙い。あたしはもともと、気管が弱いせいで、苦しいけど、折角の好意なので、しばらく我慢をしよう。  (つづく)

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続続「たまゆら」

ここでは憂き世の悩みがなく、ストレスもないので、毎日が気分爽快で云うことなしである。だが、女は死んでもやはり、女を止めるわけに行かないものなのか、極楽での暮らしが落ち着くと、泰雄のことがそろそろ気になりだした。この間、父に会ったときも云っていた。「ときに、泰雄君はどうしているだろうね?」そこで早速、連絡艇の事務所に電話をかけた。係員は「いま、整備が済んでいて飛べる連絡艇は『ロータスA330号』だけです」「どれでも構いません。すぐ搭乗できれば。」幸恵はピクニックへでも出かけるような浮き浮きした気分で、大した持ち物も持たずに乗り場へ向かった。

 連絡艇は、ハスから取った燃料で飛ぶ。専属のパイロットは乗らず、搭乗者が自分で行き先を入力するだけで、間違いなく目的地へ着く。先日、もとアメリカ人のジョンが入力の際、ビヴァリー・ヒルズというところを、間違ってビバリー・ヘルズとやったら、もう少しで地獄へ連れて行かれるところだったそうだ。

 だが、そういう場合もこちらではチャンと想定済みだったらしく、監視していたコントローラーがすぐに行き先を訂正してくれたので、事なきを得たということだ。娑婆でそそっかしかった者は、極楽へ行ってもそう簡単に直るものではないらしい。

 艇が飛び立ってしばらくすると、大西洋が眼下に見下ろせたが、何やら旅客機の残骸のようなものがたくさん浮かんでいる。どこの部分かはハッキリしなかったが、表面にフランスの三色旗が描かれている。あちこち珍しそうに眺めているうち、雲の切れ目から、永年泰雄と住んだS街のあのなつかしい風景が見え始めてきた。

 かつての我が家の窓からさっそく中を覗いてみると、肝心の泰雄は留守だった。一人暮らしでは家にいても退屈なのだろう。こんどは別棟の書斎に眼を移すと、相変わらずの混雑振りだ。以前から無数といっていいような沢山の本が、足の踏み場もないほど積み重ねられていたが、幸恵が娑婆を離れたあともさらに繁殖を続けているようだ。しかし、泰雄は一体何処へ行ったんだろう。               (つづく)

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続・たまゆら(番外編4)

きのうはね、むかし家の近くに住んでいらっしゃって、ちょくちょく町内会のお仕事でご一緒したことのある幾代さんが、こちらへいらっしゃったんです。お陰でお話相手が増えて、とても助かるわ。

 で、きのうは久しぶりに娑婆のお話でふたりで盛り上がったってわけ。あちらではなんでも、騒音が大変なんですってね。幾代さんって、昔っから時代小説がお好きだったんですよ。で、その日も例によってテレビで、平岩弓枝原作の「御宿かわせみ」を観てたんですって。そうしたらね、宿の女主人のるいと東吾がいよいよいい関係になろうというところで、思わず膝を乗り出した途端なんですよ、奥さん。

 家の前で突然大音量で「ガーガーガー、ご町内の皆様あ、おはようございまーす。リサイクルの『はなしま』でございまーす。えー、ご家庭でーご不要にい、なりましたあ、コンポ、ビデオ、バイクなどありましたら、お家の前までえ、参りますのでえ、よろしくお願いしまーす。なおー、コンポやヴィデオはー、こわれてえ、音のー、出なくなったものでもー、ケッコウでございまーす。」ってやるんです。
 
 そんなに大きな音出したら、テレビが聞こえなくなるじゃないの、もうやめてよ。お願いだからあ。ねっ、そうでしょ。それからねえ、そのあと、あたし、お買い物に行ったのよー。駅の近くの野島屋さんに、そうしたらねえ、おくさま、こんどはねえ、右翼の街宣車なのよー。これもねえ、鼓膜が破けそうなほどの大きな音なの。ねえ、どうして警察っていつも知らん顔してるんでしょうねえ?可笑しいじゃなーい?

 で、あたし云って上げたの。斉藤さん、そう幾代さんのことよ、ここではね、そういうものは一切ないから安心して。これからはね、ぜ~んぜん、その方の心配はいらないからね、って。

 それから、いまアッチじゃあね、ブタインフルエンザとかで大騒ぎなんですってね。あたしはぜんぜん知らなかったんだけど、孫の翔太なんて大丈夫かしらねえ。いっそのこと、こっちへ来ちゃえばいいのに。だいたい若い人がなるって言うじゃない。息子はもう40だからいいけど、孫は心配だわ。日本でも感染者がもう400人近くになるって、斉藤さんの奥さんも云ってらしたけど。

 こうして、あたしがぺチャクチャやってるけど、どうかしらね。でも、ここだけの話だけどねえ、作者の紋次郎だって、ほんとうはそろそろ種切れで困ってるんじゃないの。あたしのおしゃべりのお陰で、実は助かっていたりして…、フフフフ。もし、そうなら、あたし、笑っちゃうわ。            (つづく)

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続・たまゆら(番外編3)

ヒマなので極楽紳士録のつづきです。きょうは娑婆で気象予報士を長くやったという浦島達志さんのお話です。浦島さんとは、きのう家の前で初めてお会いしたんです。ちょっと太りすぎ、そんな体格の、そこまで云えば皆さん、あっ、あの人ね、ってすぐ分かると思うんですけど…。(^_-)-☆

 どっかでお見掛けしたと思ったら、やっぱり民放のお天気番組なんです。けっこうお話が面白いんで、主婦に人気があったんですよね。浦島さん、こちらへ移ってもやはり気象が気になるらしいんですが、娑婆と違ってここではあまり変化がないんで、チョッと物足りないんですって。

 たとえば、天からものが降る話。娑婆では普通は雨か雪、あられか雹と相場が決まっている。でもここではそういうものはまず降らない。むかしアメリカにリプレーとかいうおじさんがいて、珍しい話を沢山集めて来て「信じようと信じまいと」という本を書いた。

 これが大当たりをとり、一躍億万長者になった。この人の本に、無色透明のお馴染みの雨ではなくって、黒い雨だの、赤い雨など変り種の雨が降ったことが書いてあるんですって。でも、一番面白かったのは、水滴でなくカエルやなにか、いま正確には覚えていないんですけれど、そんな小動物が降ったことだってあるんだって。あたしだってケッコウ長く生きたつもりだけれど、そんなもの、一度だって見たことはないわ。というと浦島さん、そりゃあ、私だってそんあもの見たこと、ありませんよ。そう云った。予報士の浦島さんだって、あたしと同んなじなんだ。

 でもねえ、こちらでは散華といって、キレイなお花が一度に沢山降ることがあるんですって。浦島さんが仰った。そりゃあ私だってまだ見てはいなけれど、ここに居ればそのうち、キッと見られると思う。だからまいにちぼくだって楽しみにしているんだ。あなただって、見たいでしょ。そうも云っておられた。そりゃあ、あたしだって見たいわよ。でもキレイなんだろうなぁ、天から色とりどりの花びらが次から次と雪のように舞い降りてきたら。そのときって、パラパラって降るのかしら。それともどかっとまとめて降るのかしら。

 そうそう、あたしのおばあちゃんが死んだとき、お経を読んだお坊さんが、お帰りになるとき、蓮の花びらの形をして、キレイに彩色された厚紙の花を幾枚か下さったっけ。で、それ、仏壇のところに散らしておいたのね。まだあるかしら、あれ。泰雄のことだから、まさか捨てたりはしないだろうけれど…。   (つづく)

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続・たまゆら(番外編2)

Acquaparadiso
コーロ・アミターバの世話人、山川希代子さんから画像が届いた。このグループはいい声を出すため毎日発声練習を欠かさないようだが、さらにいい声をだすにはやはり水が大事と云う。

 いちど、娑婆の、ある会社に注文してみたら、こんな水が届いた。ラベルには『パラディーソ』とある。『パラディーソ』はイタリア語で、天国、極楽を意味するらしい。

 飲んでみて、わりと調子がいいので、最近ではずっとこれを使っているという。これなら娑婆の紋爺でも入手可能なので、そのうちネットショップで探してみる心算だ。

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続・たまゆら(番外編2)

 きょうポストを覗いたら一通の封書が入っていた。開けてみると山川希代子さんという方からの手紙だった。上手な字で書いてある。あたしは子供のころから字がへたくそでよく笑われた。60になってから一念発起して、ある通信講座で2年半やってみたけど、結果はご想像通り。

 ところで、その1枚目の便箋には「あたしは山川希代子と申します。ここへ来てかれこれ三年になります。毎週水曜の午後に、私の家で、合唱のお稽古をしています。今のメンバーは男女合わせて10人ほどです。良かったらご一緒しませんか?

 みなさん、いい方ばっかりです。会の名前は『コーロ・アミターバ』と申します。そうして、もう一枚のは手書きの楽譜だった。そこには「はちすのうた」という曲が収められていた。

 そういえば、思い出した。植木さんの置忘れ。あれってこちらではお友だちを作るときのテクニックの一つなんだそうだ。あれから植木さんとも親しくなって、写真を見せていただいたり、ちょくちょくお話を伺う事にしている。それは蓮池に面した東屋であったり、周囲の小奇麗な散策路であったり、いろいろだ。

 植木さん、さいきんは、極楽のトリについても研究の範囲を広げていらっしゃるらしい。もともとが植物が専門だけれど、トリも、もとから嫌いではなく、娑婆ではよく、カメラをぶら下げては気心の知れた仲間と数人で、近くの公園へゆき、モズやセキレイ、ヒヨドリ、コゲラ、カワセミなど様々なトリの姿をカメラに収めては写真展に出展していたのだとか。

 いま、狙っているのは、経文に書かれたクナーラ鳥やカラヴィンカ鳥の生態だという。その生息地は、この蓮池ではなく、ある河岸となっているのだけれどそれがどの川か、さーそれが分からない。で、いまその川のことを調べ中だとか。                                       (つづく)

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続・たまゆら(番外編)

  このあいだ、ナチュラリストの植木さんがうちへ遊びにいらしたとき、うっかりしていたらしく、あたしの部屋に、ご自分のノートを忘れていった。あたしは、悪いとは思ったけれど、チョッと中身を覗いてしまった。以下は植木さんの日記です。まだ極楽に着いたばかりの頃のものらしい。読んで分かったけれど、ケッコウ好奇心の強い人らしい。あたしなら、こんなには調べたりしない。

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            植木さんの日記(の一部)

×月×日 家の近所に大きな蓮池があった。ここには色々な色の花が集められているらしい。きのう読んだ本では、ハスの花は仏教のシンボルで、蓮華にはつぎの五種類がある、と書いてあった。それは、紅蓮華、青蓮華、青蓮、黄蓮華、白蓮華で、有名な『妙法蓮華経』が白蓮華のように優れた経、という意味だと知った。

 俺は生前サンスクリット語など覗いたこともなかったが、元の名、サッダルマ・プンダリーカ・スートラのプンダリーカが、この白蓮華なのだそうだ。サッダルマはここでは妙法だから、スートラというのは経のことだろう。

 なお、法華経の従地涌出品に、弥勒菩薩(マイトレーヤ)が、世間の法に染まらざること、蓮華の水に在るが如し、と云われた、そんなところが出てくるというので、早速書斎から古い岩波文庫をひっぱり出してきて、血眼になって探してみた。中巻の318ページに「善学菩薩道 不染世間法 如蓮華在水」と出ていた。また、無量寿経には、極楽の蓮華に百千億の葉っぱがあって、その葉っぱから無量と云う、数知れぬ光明が輝き出ている。その一つ一つの光明から、数限りない無量の仏が現れる、とある。これはスゴイ。俺はここの箇所を読んだ途端、興奮のあまり飛びあがってしまった。そうしてまた、無量寿経を探し出し、該当箇所をさがし始めた。今度は1日では見つからなかったが、3日目にやっと見つけた。一一華中、出三十六百千億光。一一光中、出三十六百千億仏。たぶん、ここだ。

 よ~し、俺は明日から愛用のカメラ担いで蓮華の撮影に挑戦だ!それでは、すぐカメラの整備に取りかかろう。                     (つづく)

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続・たまゆら

 登場人物: 泰 雄    この物語のヒーロー。
         幸  恵   同ヒロイン。最近、極楽入りした。泰雄の亡妻。
         由美子   交通事故で死んだと伝えられているが真相は不明。若い頃、泰雄と同棲していたらしい。
         翔 太    泰雄の孫のひとり。        その他。

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 幸恵も最近ではどうにか極楽での暮らしぶりにも慣れてきたが、ここではあまりにもすることがなく、その点が不満といえば不満だ。食事の時間になれば、自然にテーブルの上に、この上なく美味しい料理が現れるし、今までのような洗い物の必要もなく、洗濯もだれがするのか、いつの間にか終って、すべてがキレイに折りたたまれ、いつも洒落たデザインの箪笥に、きちんと収まっていた。もちろん、掃除も「見えない手」がやってくれる。

 住居から大して離れていないところに、こざっぱりとした公園があり、木々の間では四季を問わず美しい花が咲き誇り、いろいろな種類の鳥達が爽やかな声で囀っている。気温も適度に調節され、暑くもなければ、かといって寒くもない、いわば常春の国といって差し支えなかった。会いたい人には、そう思っただけで直ぐに逢えたし、もう留守電に腹を立てることもなくなった。生前可愛がってくれた小学校の安井先生とも再会を果たし、夫の泰雄よりずっと好きだった、従兄の雄一郎とも連絡がつき、手をつなぎ肩を組みながら浮き浮きした気分で蓮池の散策もできた。もちろんその時には、少女期の、雄一郎との楽しい思い出話が次から次に飛び出してきて、何時までたっても話は尽きなかった。

  面白いのはこちらの連中の生活ぶりだ。生前ナチュラリストだった者は相変わらず、極楽の花や鳥に夢中で、やはり愛用のカメラを持ってあちこち歩き回っている。

 こういった方面にあまり詳しくない幸恵でも、ひとつ発見があった。それはここには、昆虫類は少なく、極楽トンボが数種類いるだけなのだ。このトンボは翅が時間によって七色に変るところが、娑婆のトンボと違っていた。その色を見るだけで、今何時かを言い当てることさえ出来た。

 極楽の植生は多様で、例のナチュラリストの植木氏は、極楽に到着してから、まいにち観察していた花や木の写真を、一冊の本にまとめる仕事にいま打ち込んでいる。夢はここでの唯一の出版社である『エディシオン・パラディ』から八十部限定の豪華装丁本を出版することだという。幸恵は一度その原稿を見せて貰らったことがあるが、そこにはその植物ごとに、発見した正確な日時と場所が書き込まれ、後景をぼかした見事なマクロ撮影には思わず感嘆の声を上げてしまった。聞けば、氏は若い頃、東京のある農業大学の花卉園芸学科に籍を置き、学校では極楽の植物を専攻し、卒論もこのテーマを選んだという。

 ここで極楽の木や花の一部を披露すると、たとえば、有名な優曇華の花がある。三千年に一度しか開花しない希少な花だが、こちらへ来てまもなく、幸恵は地元のひとからこの木が、丁度三年後に、その開花の時季を迎えると聞かされ、期待で胸が大きく膨らんだ。

 また、娑婆で小説を書いていたものは、やはり極楽を舞台に、長編の制作に日夜勤しんでいる。また、エッセイこそ自分の生きがいと、来る日も来る日も身辺のいろいろを丁寧に書き留めていたB子さんは、こちらでも相変わらず、綺麗な字で小さな発見を書き綴っている。歌や音楽の好きだった者たちは、蓮池の岸辺で、同士とロータス・アンサンブルという名のバンドを組んで、演奏会を開き、そのつど大勢のファンを集めている。また娑婆にいたころは油絵の力作で、しばしば上野の展覧会に入賞していたものは、こちらでも小高い丘のあたりに使い古したお気に入りのイーゼルを立て、新しい風景画に、意欲的に取り組んでいる。このイーゼルもきっと、家族が気を利かせて、葬儀のときに、棺の中にそっとしのばせて呉れたのだろう。もちろん、俳諧を嗜んでいた者たちは、この土地柄にあった、新しい季語集や、歳時記の編纂に余念がない。

                                 (つづく)

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『オランダ風説書』を識る

Profyamamoto0959

きのうは地元で東大資料編纂所の山本博文教授の講演があった。題して「オランダ風説書」と徳川幕府の外交政策。これは当地佐倉市と佐倉国際交流基金が日蘭交流400年を記念して共催で行なった講演会で、地元の国際文化大学の公開講座の一環として催されたものである。

 講師はさすが、知名人だけあって、会場となった市の中央公民館大ホールは大入り満員の大盛況であった。また1992年の日本エッセイスト・クラブ賞受賞者だけあって、さすが話の持って行き方が上手い。

  朝ドラで一躍全国視聴者の耳目を集めた例の「篤姫」をまくらに振り、またご自身の出身地、岡山をそれとなく宣伝するところなどエッセイストの面目躍如たるものがある。

 お話を伺っている内、初めて聞く「風説書」と云うものが鎖国日本で果たした役割がいかに大きかったかを知り、また日本の近代化へに対するオランダの寄与というものを思わざるをえなかった。

 ライバル、ポルトガルと争い貿易を独占しようと図ったオランダの思惑、実を結ばなかったにせよ、1638年には評定所大寄合いで幕府から意見を聴取されるまで信用されたオランダ。

 この風説書は外国の事情を商館側から提供され、それを通詞が記録し、商館長がそれにサインし、密封して飛脚が江戸へ運んだとされるが、この内容も長崎駐在の諸藩の聞役に漏れていたようである。これは幕府が全く知らずにいたのか、それとも放任していたのか、気になるところであるが、かえってこれがいい結果をもたらしていたかもしれない。

 面白かったのは、玄沢の「解体新書」で、この翻訳には大変な苦労が伴ったことが伝えられているが、先生は、当時長崎には大小、数百の通詞がいて蘭学者はみなこれらの大通詞、小通詞などに教えを受けることが出来たので太平洋一人ぼっちというのは少し大げさだったのではと疑問を投げかける。

 もうひとつは、日本にとっての世界に対する唯一の窓であった出島、そこの商館長はその立場を利用し、上手く立ち回っていたこと。プロテスタント国オランダが、欧州での抗争に破れ、カトリック国フランスに併合されたとき、その事実が知れれば貿易を差し止められると思い、真相を隠していたこと。これは後に思わぬ方からバレルが、幕府から追求されても商館長はひたすらお惚けの一手で逃げ切ったこと。

 なお会場で配られたプリントには、第二百号風説書(寛政9年刊)のコピーがついているが、ここには何とフランス革命のことがチャンと記載されているのだ。ただし革命を起こした者を「臣下逆賊」などとし、ギロチンの文字こそないが「国王並王子を弑(シイ)し」などと書きあらわされている。

 思うに江戸から可なり離れたこの長崎の地で、せっせと開国、文明開化の道慣らしをしていたのが、他ならぬこの風説書だったのではないか、と。

 なお、この風説書の原本は散逸してほとんど残っていないが、江戸東京博物館はそれを所蔵しているそうである。ただし、オランダ語のものは現存していないという。

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