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『ジャンニ・スキッキ』を初めて観る~4

 ジャンニ・スキッキというのは、田舎ものだが、なかなか頭のいい、ずる賢い男でこれが劇中で大活躍をする。まず幕が開くと(実は一幕物だし、最初から開いていた)臨終の床が現れ、大富豪の(ブオーソ)ドナーティがベッドの上で死に掛かっている。この莫大な遺産をめぐって、集まった親戚の間に大騒動がおき、そこへ法律に詳しいスキッキが呼ばれる。

 一同が取らぬ狸のなんとやらで、色々自分の取り分をあれこれ空想して楽しみにしているが、みな欲の皮が突っ張っているので、おたがいの主張が衝突してますます混乱状態になるばかりだ。知恵者、アイデアマンであるスキッキは、ここで自分の名案を披露する。つまり、(ブオーソの死んだことは召使も誰も知らないのだからまだ、ブオーソは死んでないことにし←口裏あわせ)自分が大富豪のブオーソと入れ替わり、服装まで取り替えて、そこで新しい遺言書をつくる、と。

 ここで親戚一同みな、ふたたび期待に胸を膨らませる。医者は追い返され、直ちに公証人が呼ばれ、その前でスキッキは消え入りそうな声で遺言を口述する。ところが、肝心の遺産はすべて「最良の友、ジャンニ・スキッキにやる」と発言。ブオーソの従姉妹のツィータに至っては、公証人の費用まで払わせられる。しかし、このフィクサーのおかげで、愛し合っているリヌッチオとジャンニの娘ラウレッタは、目出度く結婚ができ、物語はハッピーエンドで終わる。

 この中で歌われるアリアで、「私のお父さん」というのは、たしかメロウ会員パープルさんのお父様(95歳!(@_@;)の愛唱歌だと聞いた。リヌッチオの許婚者、ラウレッタが父、ジャンニ・スキッキの肩に手をかけ、切々と唄うときには拍手が場内に鳴り響いていた。

 傑作だったのは、何もかも独り占めと云う感じの遺言が終ると、一同は腹いせの食卓に並んだ次から次と銀の食器などを持ち去るのだが、どさくさに紛れてスタッフでないはずの(日伊文化会館の)館長までが、銀の燭台だかを持って逃げるのを紋爺は見逃さなかった。

 これは、このオペラの演出を手がけたドナーティ館長の、大勢の観客への精一杯のサービスだったのだろうか。(^_-)-☆ちなみに、館長は、このオペラの登場人物とおなじ、(ウンベルト)ドナーティという苗字だった。 

 なお、解説のさい、映し出されたダンテの「神曲」地獄篇第30歌の説明の絵は、あとで家で調べてみると、フランスの有名な版画家、ギュスターヴ・ドレの手になるものだった。

 <つけたし>

 公演が終わっても万雷は鳴り止まなかったが、そのあと舞台にはクリスマスの字幕があらわれ、観衆もそのあとステージに整列した出演者と一緒に、「清しこの夜」を歌った。そのあとは、観劇の興奮冷めやらぬ大勢の観客に対し、あらかじめ用意されていた赤白のワインが、大振りのツリーの飾られた一階のホールで、一斉に振舞われた。

 このオペラについては、やれポンテ・ヴェッキオだ、やれシニョーリア広場だ、やれサンタ・クローチェだ、やれアルノ川だとやたらとフィレンツェの名所が出てきて、これじゃあまるで、フィレンツェの観光パンフレットみたいだなどと、批評する人もいるが、音楽之友社の『オペラ・オペレッタ名曲選』の3口メモなどでは「ヴェルディの「ファルスタッフ」以後イタリアに生まれた最高の喜劇的オペラ」だとしている。

 また、映画ファンならすでにご存じと思うが、有名なアリア「私のお父さん」(O mio babbino caro)は、アカデミー賞映画「眺めのいい部屋」の主題歌にもなっている。   
                           ーーーおわりーーー

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