『十牛図』をめぐって
今年が丑年だからといって、別に牛の話でなくてもいいわけだが、みなさんの年賀状を見ても、牛の絵が圧倒的に多い。で、あっしもまた世間の好みにあわせて、(^_-)-☆牛の話を選んでしまった。
牛で思い出すのは、和田垣謙三さんの本にのっていた「十牛の歌とその英訳」だ。恥を晒すようだが、この十牛と云うのをあっしはいままで知らなかった。それは家が浄土宗の所為もあったかもしれない。禅宗の家に生まれていれば、親から聞かされていたような気もする。
とはいうものの、広辞苑などにもこの言葉は、載ってはいる。『十牛図 中国、北宋代の禅籍。禅の修道の過程を、牧人と牛との関係になぞらえ、10の絵と頌(じゅ)によって示したもの。廓庵禅師のものが広く行なわれ、尋牛、見跡、見牛、得牛、牧牛、騎牛帰家、忘牛存人、人牛倶忘、返本還源、入てん(につてん)垂手の順。狩野探幽・富岡鉄斎らの作品がある。
とある。そこで、その画像をさがしたが、思うような大きさのものが見つからない。説明の丁寧さ、図の大きさなどから、けっきょく次のものが、あっしには、一番分かりよかった。また、物知りによれば、この十牛、日本では鎌倉時代に大いに流行したらしい。
また、最近でも、亡くなった河合隼雄さんが、NHKの文化講座で取り上げたようだし、それより何より、現在栃木県の佐野市立吉澤記念美術館で、探幽の十牛図を展示中らしいので、お近くの向きは折角の機会でもあり、おみ足を運ばれてはどうか。
さきほどの「頌(じゅ)」のことだが、チョッとあっしら風情にはむずかしそうなので、例の和田垣さんの著書にある「十牛の歌」★から引くと、(1)尋牛 童子奮然意を決し 山又山と尋ぬれど 牛の所在(ありか)は知り難し ただ満山は蝉時雨
(4)得牛 童子直にいけどりて 牽かんとすれど思ひきや 世にも稀なる暴牛(あらうし)よ 人はさながら塵埃(ちりあくた)(8)人牛倶忘 牛既になし月もなし 今は我てふ我もまた 我とさすべきものはなし 我は恰も独木舟(うつろぶね)(10)入てん垂手 万古不易の道を身に 体して崇き聖賢の 民を憐れむ心より 尽させ給うわざならん
★ この歌は、同書によると、村田平三郎作となっているが、このかたは一体どういう方なのか。あっしは多分、仏教関係の方のような気がするのだが。ご存じの方あれば、ご教示を賜りたい。 (おわり)


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