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もと酔っ払いの『酔っ払い談義』パート2

 別のサイトで、酔っ払い談義を始めたところ、相撃ちこそなかったものの、「もと酔っ払い」への応援はまったくなかったので、こちらへ引越しした。(^_-)-☆

 「前号までのあらすじ」を読んでいない方もあると思うので、チョッと説明。今回の財務省大臣、中川氏の辞任にからんで、談論風発。そこへ首を突っ込んで、だいたい、中川氏ばかりを責めたところで、所詮日本人の中に酔っ払い状態を楽しむ気風と云うか、許す風土がある。彼一人を切っても、酔っ払いを根絶できるわけがない、われわれの中には酔っ払いのDNAが埋め込まれている、などと書いたが、だれも同調するものがない。(-_-;)確かにそれはそれで、正論であろう。

 そこでそこではそれ以上論じることは諦め、河岸を変えてひとり静かに飲酒について考える。よくこういうことが云われる。中国に孔子がでた。だからかの国はスゴイ。しかし一歩下がって考えると、孔子が出なければどうしようなかったからこそ、孔子が出たのかも知れぬ。その論法で行くと、酒は飲んでも呑まれるな、というような結構毛だらけの言葉があるというのは、それまでにいかに呑まれた人が多かったかを物語っているともいえる。ちなみに、日本には酒上不埒(さけのうえのふらち)という、怪しからん名前を持った狂歌師が実在するが、西洋ではこういうネーミングは、まずゼッタイにあり得ない。

 たしかに酒は身を滅ぼすもののひとつで、日本では酒と女と金には気をつけろといい、西洋でもバッカスとタバ子、にヴィーナスにはくれぐれも注意をてなことをいうらしい。あっしは、この三つを権力が厳禁すると、世の中には陰湿な犯罪が増える気がする。空気穴は、どこかしらにひとつ、乃至ふたつは必要であると思う。

 酔っ払いといえば、むかしはどこでも公認っだったらしく、スペインでも、ベラスケスの「ロス・ボラーチョス(酔っ払いたち)」は名高い。むかしスペインを訪ねた折、美術館でこの絵葉書を買い求め、絵の好きな友人宛に送ったことがある。

 また、小説にもしょっぱなから酔っ払いの出てくるやつがある。ハードボイルドの代表作レイモンド・チャンドラーの「長い別れ」がそれである。たしか、物置にあったと思い、探してみたら、あっただけでなく驚いたことに最後まで読んでいる。飽きっぽいので、長いものは読まず、専ら短編しか読まぬことを信条にしている、紋爺が完読とは、我ながら感心する。

 西洋人は酒に強いから、へべれけはいない、と卑下するものがいる。果たしてそうだろうか。この小説、たしかに読んだは読んだが、筋書きはなにも覚えていない。ただ、巻頭に、しょうもない酔っ払いが登場するというだけの理由で、どうやらこの書名を記憶していたらしい。いまページを繰ると、やはりあっしの記憶に間違いはなかった。読んでいない方のため、チョコットご紹介すると、物語は名探偵フィリップ・マーローがテリー・レノックスと出会うシーンで始まる。レノックスはそのとき、何をしていたか。実は高級レストランの駐車場にとめたロールスロイスの中で、「酔いつぶれて」いたのである。同乗していた娘は酔っ払いを残して、車を走らせた。探偵は駐車係に手伝わせ、自分の車に乗せる。とりあえず、自宅へ連れて行こうというのである。このときの駐車係の言い草がいい。「お人よしですね。あっしなら、どぶにほうりこんじゃいますよ。酔いどれって奴は迷惑ばかりかけて、一文にもなりゃしない。」

 たしかに、彼らは花鳥風月を愛でる心がないから、ドライだ。青年を置き去りにした娘も娘だ。こういうのも、日本にはあまり、いないような気がする。

 あっしの空想の羽根はふたたび羽ばたいて、こんどはフランスへ飛んだ。一時日本でも売れ行きがよかったので、お読みの方もあるはずだが、ピーター・メールと云うイギリスの作家が南仏へ移り住み、そこの住民との生活を面白おかしく書いたので、世界的にヒットした。南仏の人たちはそろって大酒のみで、毎晩、村の酒場でシコタマ強い地酒を呑み、ふらふらになりながらも、車の運転だけはフシギに、素面のときと全く同じようにこなし、いつも楽しそうに引き上げていく風景が、たしかその中で、生き生きと描写されていたように思う。

 いま、酒(煙草)が悪の枢軸のように言われ、酒飲み運転はいくら南仏の片田舎でも許されないだろう。あの南方の陽気な面々が、禁断症状のため、うつ病にでも、罹っていなければよいが…。(-_-;)

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もと酔っ払いの『酔っ払い談義』

 身を誤るもの、それは飲酒でなく深酒だ。とはいうもののあっしら下戸は「斗酒なお辞せず」なんという言葉を聞くとつい羨ましくなる。でも、世の中にはお猪口一杯も飲めないひともいる。まあ、ニ三合呑めればいいとするか。(-_-;)しかし酒豪であれば、中国の李白のように、月と影を仲間に引き入れ、三者で花を愛でながら独酌なんて洒落たマネもできる。酒はやはり、呑めるに越したことはない。(『月下独酌』)

 あっしら不謹慎なものは、れいの中川さんが、何をしたと云うことより、あのとき、頼んだワインは何だったのか、その銘柄を知りたい。同行の玉木氏はソムリエだというではないか。さぞいいチエを授けてくれたことであろう。ワインリストの写真はないものか。ふつう、イアタリアワインなら、たぶん北のものがよく呑まれると思う。キアンティーの最高級品か。あっしらにはとても手の出ないような、相当なお値段だったことだろう。素人のあっしにはまったく見当もつかない。カブレオ・ラ・ピエートラあたりか。さらにはその上か?

 あっしも、下戸ながら、飲んだワインのラベルをアルバムにつぎつぎ貼って、ひとり密かにたのしんでいる。日本酒はあまり飲まぬが、正月は駅前の酒屋で、新潟の「天領盃」というのを買ってきて、呑んだがこれは美味かった。若い頃はいろいろな銘柄に出会ったが、記憶に残るのは東北の「爛漫」、信州の「真澄」「菊正宗」、「大関」、「日本盛」といったところ。「桜正宗」はあまり好きでなかったような。現在のところへ越してからは、地酒の「甲子正宗」を愛飲した時期もあった。

 大正期は「桜正宗」の全盛期であったらしく、二位「月桂冠」を大きく離していたらしいが、もともと酒造法を日本にもたらしたのは、応神天皇のころ、渡来したススコリというもの(百済の人)であったと聞く。

 銘柄は無数にあっていちいち覚えきれないが、中には、なかなか面白い命名のものがある。たとえば、「道灌正宗」、「義太夫正宗」、「御慶事」、「スキー正宗」、「成金娘」、「福だるま」、「大勲位」、「水雷」、「元帥」、「祝砲」それから「当選」、これなんか選挙の後は、飛ぶように売れるのではないか。(^_-)-☆

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いま低声で語られる助言、諌止☆の不在~3

 S さん、みなさん、こんにちは。

> 国会で答弁していた財務省国際局長の玉木ナニガシ氏ですが、彼は中川くん
> とは麻布高校の同級生で、しかもワイン好きでソムリエの資格も持ってるそ
>うです。公式の昼食会の途中で大臣が退席して40分間レストランでワインを
> 注文したときずっと同席していたという事実を何故かインターネット以外の
> メディア(新聞、TV)は報じませんね

 『国際』局長という職務は、大臣に最高のワインを選んで差し上げるだけでなく、『国際的』醜聞を防ぐという任務ももっているのではないでしょうかね。それなりの出張費も貰っていることだし。

 それから、日本人の欠点に法意識の欠如、ということがあります。中川氏が記者会見の後、ヴァティカンの美術館で、勝手に柵の中に入り、ラオコーン像に触ったのも、彼一人の所業ではないと思います。早い話、電車に乗れば、禁じられた場所で、ケイタイをつかうのは当たり前、それからまだ老人でもなく、身障者でもなく妊婦でもない者が、当たり前のように優先席に坐っている。

 台湾に行ったとき、あっしが車内に入ってきたのを見た途端、若い者が直ぐ立ち上がって席を譲って呉れました。旅先でこういう体験をし、非常に気持ちがよかったです。ポルトガルでは、あっしが、老人席に腰を下ろすと、直ぐ前にいた同じような年頃の男が「あんた、そこは老人席だよ」と注意する。あっしは自分の年を相手に伝え、相手もすぐ了解しましたが…。

 近所の通勤道路や、住宅地の花壇でも「ドロボーさん、花を返してください。」という張り紙をよく見ます。駅そばのスーパーのトイレで「トイレットペーパーを、一巻きごと持っていかないで下さい。ほかのお客様が迷惑します。」 という張り紙を見たときは、ほんとうにビックリしました。書店で本をゲーム感覚で万引きする。これらの親は、一体ひごろどんな教育をしているのか。(@_@;)

 世界中から先進国とか云われてえばっているけど、ここは『無法地帯』かと、思う時がありますよ。(-_-;)

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いま低声で語られる助言、諌止☆の不在~2

  M さん、お久です。(^_-)-☆

> 彼を知るある方の弁、真偽の程は定かでないけど、何時もの事なので何時かは予想してた事だそうです、酒乱で相手にならんとも言ってるようです、それにしても同行者はもっと注意すべきですね。何の為の同行者なんだかねぇ~。

 いちばんいい例がよく紋題になった大学などの「一気飲み」です。酒に弱いヤツにこれ以上飲ませたらどうなる、ということが分かっていても、誰一人として止めようといわないし、止めさせようとしない。

 これって、一種の犯罪ですよね。(@_@;)

> 結果は自己責任:恥を晒して(>_<)、、、、、、、墓穴を掘っただけですね。
>
> > その後酔いの覚めたエリツィンからたいそう感謝されたそうです。

 自分が下戸のせいか、中川氏の気持ちが、逆に分かるような気がします。むかし、歌舞伎の八代目坂東三津五郎でしたか、毒があるのを分かっていて、紋題のフグを食って、死んだ事件がありました。

 あっしなんかも、自転車に乗っていて、向こうから来る人を避けよう避けようと思ってるんですが、どうしても、人のいる方いる方へハンドルを切っちゃってドッシーン!す、すんまへん、こういうことが多いんです。

 あのときも、ワイン王国イタリアまで来て、美味いワインを飲まない手はない、ってんで、つい、頼んじゃう。すこしくらい調子悪くても飲んじゃう。これって、非常に人間的だとも思うんですよね。まあ、弱い人間と云いなおしてもいいんですが…。あっしには、痛いほどそれがわかる。

 ま、わからい人間の方が、世間的には『まっとう』なんでしょうがね。(-_-;)

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いま低声で語られる助言、諌止☆の不在

 いま、中川氏に対する風当たりが強い。それは、たぶん間違っていないだろう。しかし、あの時、、数人で制止していたら、あるいはああいうことにはならなかったような気もする。

 酔っ払いを庇うわけではないが、見ていて知らん顔というのも、あまり良い態度ではないように思う。かれが酒にだらしないということを、それまで全く知らなかったというなら良いとしよう。しかし、政界だけでなく、一般にも周知の事実だというではないか。もし、諌止しても、それでも、強行したというなら話も分かるが。

 だが、誰一人として、それをやったとは聞かない。やらなくても、もちろん悪いとは云わないが、やってもよかったのでは。

 サンケイEXでは、同席した新聞記者の態度にも眼を向けていた。同業者としての自責の念もこめて。G7に同行したメディアにも、責任の一端はなかったのか。

 いま、日本社会に「知らん顔」の風潮のあるのは、だれも否定できまい。

 ☆ むかしの中国には、諌官、諌議太夫という官職まであったという。これは、つねに天子のそばに侍り、天子を諌めるのが仕事だ、と。

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コングラチュレーション!

 今年のアカデミー賞授賞式で、日本の作品が二つまで(おくりびと、と、つみきのいえ)賞を取ったことは誠に慶賀すべきことだと思います。ことに外国語映画賞というのは、日本の映画界が欲しくて欲しくて堪らなかった、待望の賞であった事は云うまでもないことです。

 その記者会見で広末涼子は、コングラチュレーションという言葉を使いました。そのことで、あっしはある感慨を抱きました。30代のことですから、もう50年近くも前ですが、たまたま、あっしはイタリア大使館主催の小パーティーに出席していました。

 食事の後、カンツォーネなどの余興があり、その日のハイライト、サプライズが始まりました。

 一同は、5~6人単位で丸テーブルに坐っていましたが、あっしのテーブルのあるイタリア人がその、幸運に与ったのでした。やり方は簡単、司会者がある数字をいくつか発表します。あっしらはただ、食事をしたあとのお皿をひっくり返して見るだけです。

 司会者のいう数字と自分の皿の数字が合っていれば、大当たりです。このときあっしは、幸運な隣のひとに「コングラトゥラツィオーネ」と云ったのです。これはおめでとうと云う意味のイタリア語です。ですが、単数形。実際は複数形のコングラトゥラツィオーニでなければいけません。

 隣の人は感謝の気持ちを表しながらも、あっしの間違いを直してくれました。広末さんと、同じことをやったわけです。

 あっしの失敗からすでに半世紀になるのに、相変らず、日本人の英語は同じ水準に留まっているようです。(-_-;)

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墓石の散歩~21世紀のミステリー ~2

  地元警察がお手上げ、住民が恐怖のどん底に陥っているという差し迫った状況。ここで、手を差し伸べなきゃ男じゃない?というわけで、この項の読者の中にも探偵さんは多いと思います。で、どなたか、この難事件を一挙に解決して下さる方はありませんかね?そのなぞを解くのは、他ならぬ『オランダー』なんちゃって。(-_-;)

  今まで、地下に巨大なネズ公が住んでいて、それがやっているという子供っぽい推理なども飛び出して、このまま行くとなかなか面白い展開になりそうだが、研究者の周辺では、気温の急激な変化などで、墓の地下室の気圧がアンバランスになる為ではないか、などの説が有力視されているらしい。

  理科オンチで、非科学的な紋爺なぞ、すぐゾンビーの活躍を想像してしまいがちだが…。

  むかし自宅のトイレで、煙草を吸おうとして、地下のメタンガスが爆発し、オシリに大やけどをしたおっさんがあったように記憶しているので、何かこうしたガスの存在を連想してしまう。しかし大きな爆発のバヤイだと、1メートルどころか10数メートル以上も飛んだりして、墓参りに来た、別の人にも被害が及ぶような気もする。

  犯人人間説も捨てがたい。被害者自身を含め、その関係者、寺男、あるいは、村おこしのため、この教会の司祭、村長、村会議員などもグルになっているかもしれないので、こうした人たちも喚問してよく調べるべきだ。深夜に非正規雇用の人間を、何人か使えば石を動かすくらい簡単に出来るだろう。しかし、クレーン、ホイストなどを使えば、痕跡が残らないか、事前に充分に検討する要がある。

  紋題のヴィデオも、夜間に写されたものであれば、かなり不鮮明の可能性もある。証拠としてはたして充分なのか、若干の疑いも残る。

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墓石の散歩~21世紀のミステリー

 さいきん、オランダ最北のアールステンと云う小村の小さな教会墓地で、数ヶ月前から奇怪な事件が相次いでいる。クレーンでもなければとても運べないような、重~い重~い墓石が、ひとりでに動くのだという。

 墓石といっても蓋の部分だが、これがなんと、450キログラムもあるという代物。石の材質は御影石だという。

 事件の発端は、ある家族が、墓参りをしたところ、親族の墓の蓋が取り外してあったので、悪いいたずらをするヤツがある紋だと地元警察へ届け出た。だが、警察が犯人を特定できぬまま、蓋外ずし事件はその後4回も続いた。親族と寺男が協力して、墓を調べることにした。事実、蓋は横へ1メートル以上も動いていた。そこで警察も本腰をいれ、紋題の墓のまん前の、分かりにくいところへ、監視カメラを設置する事にしたようだ。

 フリースラント地方警察のスポークスマン、アンナ・ヴァン・デル・メールさんは、こう語る。「分からん。今でも身震いが出る。こんなこと信じられるかよ。ヴィデオをみて、もういやんなった。石が横へ動いて、ほとんど地面に倒れそうな形になっている。蓋が外された状態で1メートル以上も動いているんだ。一体こんなことがあっていいのかねえ。なんだろうねえ、450キロもあるんだよ。ヴィデオの中で、とくに凄かったのは、墓石は元々頑丈に作られているのに、あっという間に、端のほうがふわっと持ち上がるんだからね。自分の長い勤務歴のなかでも、こんな事件は、まず見たことも聞いたこともないよ。つまり当警察署は、この事案については、何らの説明もできないとだけ申し上げるに留める。」

 このニュースは国中に広がり、オランダ中のメディアが、いま血眼でこのヴィデオを探し回っている。だが、その望みは当分叶えられそうもない。というのは、このDVDは関係家族の要望で、門外不出扱いにされ、真相解明のため、アムステルダムの科学研究所へ送られたということだ。

 間もなくこのアールステンの謎の、解明が始まるだろう。が、いまのところ、何も分からず、みんな、狐につままれたような有様。でも、次の証言が一番わかりやすいのでは、として、報道した地元紙は、アールステンの寺男の言葉を紹介している。

 「絶対ありゃあ幽霊なんかの仕業じゃあないね。わっちは、だいたい霊魂なんぞ信じてはおらん。じゃなけりゃあ旦那さん、こんな商売選ぶわけがないよ」

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ガリレオは今度のことをどう思う?~2

 ガリレオを調べようとして、手元の伊和辞典に苗字のガリレイをいれると、父親の音楽家しか出てこない。そこで、こんどは名前のガリレオをいれると、天紋学者が出てくる。

 広辞苑では、ガリレオとやると、ガリレイを見よとなる。で、ガリレイを見ると、ガリレオ・ガリレイがでてくる。ここでは父親のヴィンチェンツォは出番がない。

 なことはどうでもいいが、ウィキーをみると、教皇庁の対応には前財務相の中川さんではないが、しょうしょうブレがあるようだ。とくに現教皇。

 むしろ、前教皇ヨハネパウロさんは、早くに地動説を認め、ガリレオに謝ったらしいが、現ベネデット教皇は、90年代に、ガリレオは間違っていると公言した。それが今回の「快挙」である。やはり、前教皇と比べると、だいぶ人間の器がちいさいのでは。

 ところで、晩年、眼病をわづらったガリレオ、この眼病もまだ解明されていないので、遺体を掘り出し、そのDNAを採取することによって、種々のなぞを解明しようとする動きもあるようだ。
Galileo

 写真は、フィレンツェのサンタクローチェ寺にある、ガリレオのモニュメント。この下に埋葬されているようだ。(絵葉書)

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ガリレオは今度のことをどう思う?

ある新聞で、ローマ教皇庁がなんとガリレオの死後367年ぶりにローマのサンタマリア・デッリ・アンジェリ教会でこの天文学者、物理学者賛美のミサを正式にとり行なった、という記事を読んだ。これは今世紀の最大の快挙だと思う。

 もともと、ベネデット(16世)新教皇は就任以来、あまり目立った仕事をしていなかった。前教皇は世界中を回ってその存在感を示し、空とぶ教皇などと讃えられた。また、数十ヶ国語を操り、この面でも世界中を驚かせたことは記憶に新しい。

 ガリレオは「Eppure si muove.それでも地球は動く」とかいう言葉で有名で、あっしもショウジキそれしか知らなかった。(-_-;)

 それで今回の名誉回復を祝ってかれの事跡を書いた本を斜め読みしてみた。すると、知らなかった事実が色々出てきた。

 同時代の哲学者のジョルダーノ・ブルーノと違って、火刑こそ免れたものの、危ないところだったのだ。その原因はどうやら「たれこみ」にあるらしい。

 最初はドメニコ会、ガリレオ本人には内緒で、教皇庁の審問官に告発、ついでイエズス会からも垂れ込みがあった。じつは教皇庁内にもガリレオのシンパの枢機官がいたり、知人で後に教皇になったマッフェオ・バルベリーニ(後にウルバン8世)などがいたが、1631年2月に出た「天文学対話」はついに、販売停止となり、追い討ちをかけるように、宗教裁判所への出頭を命じられた。

 審問でガリレオはある程度妥協、1633年の5月罪を許されて釈放されたかに見えた。しかし老獪な教皇庁は翌月、秘密会を開いて再び、ガリレオを審問にかける決定を下す。

 拷問はなんとか免れたが、異端をあらわす罪人用の白い衣を着せられ、誓言の後に出た判決は、なんと終身禁固であった。これはしかし、罪一等を減じられて軟禁に改められた。

 当時ガリレオを擁護した人も何人かいた。デカルトは、ガリレオはどこも悪くないと云ったし、釈放されたガリレオを預かったピッコロミーニ大司教は、裁判は誤り、また効力はないと公の場で語った。

 教皇庁の判決にもかかわらず、禁書に指定された「対話」は、ドイツでも刊行された。大司教の後押しもあって、次の著書「新科学対話」も、無事オランダのレイデンで出版された。

 最晩年は失明し、失明の4年後、ついにこの世を去ることになる。

*ルネ・デカルトといえば、50年前、かれのDiscours de la Methodeに挑戦してみたが、第1ページか、2ページ目で、敢え無く敗退。苦い想い出がおぼろげにいま脳裏に甦る(-_-;)

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こら、ここでキスしちゃあイカン!

 こんなことを云われた方があるだろうか?キスはおれらの権利だ、何処でしようが大きなお世話だ、とくに駅での別れではこれが一番大事な作業だ、と怒るのが普通。ところが、このたびイギリスのバージンレール鉄道は、ウオリントン(イギリスの北部、リバプールの近く)駅前にこんな無粋な標識をおっ立てた、という。

 ピクトグラムのコレクタをもって任じる、そこのAさん、Bさん。あなた方もたぶん、ビックリでは?お熱いのがお好きな方々が、最近とみに増えたせいか、見とれる通勤者が続出、交通の妨げとなり、ちかくの商店街からの苦情がふえ。そこで、駅では、こんな無粋な標識を考えだしたらしい。これって、世界初でしょうね。(-_-;)

 http://tv.repubblica.it/copertina/vietato-baciarsi/29564?video&ref=hpmm

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唐辛子家・家紋の由来

Tougarasimon1


  みなさん、こんにちは。

 作った本人さえゼンゼン忘れていて、さいきんは何のメンテもしていない、ホームページのデザインについて質問があって驚いた。しかしあり難い事である。こんな質問をしてくれる人は、世界中どこを探し回っても滅多にみつかる紋ではない。(^_-)-☆たぶん、あっしのHPには、よそ様と違って、紋章が付いているところが珍しく、お眼に留まったものらしい。質問者は、どうやらその家紋が左前なのが気に入らぬ由。そこで、あまり気が進まないながらも、チョコット説明を加えることにした。

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  「家紋大全」によれば、『浅野鷹の羽』『阿部鷹の羽』『芸州鷹の羽』はたしかに右前のようですが、『中村鷹の羽』『桜井鷹の羽』『白川鷹の羽』『高木鷹の羽』『違い鷹の羽』『丸に違い鷹の羽』は左前のようです。

 あっしはもともと、家紋のことに疎いので、それより、むしろ、あっしがこの家紋をつけたいわれの方を聞いて頂きたいと存じます。ま、あっしは皆さんと違って、諸事万端おおよそいい加減が服を着て歩いているような人間なので、お読みの方はどうか、肩の力を抜いた上でお読み下さい。(^_-)-☆

 さて、このサイトを作るのに、まず自分のハンドルを考えました。木枯らし紋次郎ならだれも笑う人はないけれど、唐辛子紋次郎というのは「実在」しないキャラなので、それに相応しいサイトにしたい。そこで、こういう名字帯刀?を許された立派な人物には家紋が必要だろう。そこで図書館に出かけ、家紋帖を覗きました。

 ふつう皆さんが冠婚葬祭のさい、使用される紋章は由緒正しいものですが、唐辛子紋というのは、たとえば、家紋研究家の丹羽基ニ氏の「家紋と家系事典」では『使用家が見当たらない』、能坂利雄氏の「家紋を読む」では『使用家は不明』となっています。なかには、『使用を前提とせず、面白半分にだれかが考案したのでは』とする本さえありました。つまり、作られはしましたが、だれも使ったものがいないかも知れないという曰くつきの家紋。ここが大いに、あっしの気に入りました。

 ただホームページにいれるとき、よっぽど慌てていたのか、紋章の天地がひっくり返ってしまったようですね。でもこれはこれで、ふざけていて、当世風でチョッといいかなとも思います。(^_-)-☆

 ご指摘の『丸に違い唐辛子』紋ですが、これは新人物往来社の『別冊歴史読本 家紋大図鑑』の2102番目に載っていますが、どうみても左前ですな。あっしのHPのとマッタク同じです。

 そんなことより、もうひとつのあっしのアイディアを聞いてくだされ。この家紋をバナーの両脇に配したのは、あっしのHPに大勢来ていただきたいのココロでして、Come on!Come on!というわけでやんす。マジに考えたら、あきまへんで。そやから肩の力をぬいて、と前に申し上げたわけでして…。(-_-;)
       

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絢爛豪華、カーニバル始まる~5

> http://www.corriere.it/gallery/Spettacoli/vuoto.shtml?2009/02_Febbraio/carnevale/1&1

 写真の#22をご覧下さい。三人の真中はもちろん天使に扮したマルゲリータですが、左は祖父のオッターヴィオ、右が祖母のロジータ、この二人が世界的ブランドを創り上げたそうです。

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絢爛豪華、カーニバル始まる~4

 このイヴェントの目玉は、だれが今年の天使になるかで、ことしは超有名ブランドで世界中にその名も高いミッソーニの孫娘、マルゲリータ・ミッソーニ(25歳)がこの役を務めたようです。彼女はデザイナー兼女優で、有名人の関係者なので、会場となったサンマルコ広場は、さぞかし盛り上がったろうと思っていたら、広場への人出が、10万人以上と出ていました。

 彼女が身に着けているご覧の衣装も、有名な祖父ミッソーニのデザインだそうです。70メートルの高さから地上へ降り立った21世紀の天使、マルゲリータは、ひと仕事をおえたあと、地上で待つ祖父母と抱擁を交わし「あたしの人生でも滅多にない経験だったわ」と興奮に頬を紅潮させながら語ったとか。

 今年のキーワードは「センセイション」。去年あっしらが立ち寄ったこの、ヴェネツィアでは、宿の周りがほとんどお土産屋で、カーニバルの仮面を沢山並べていました。ボール紙のが多いけど、こういった紋はアイデア勝負なのでケッコウたかいのです。

 でもこんなの、片っ端から写真にとりまくって、帰国してから茶の間で手間隙かけて作れば、かなり格安に作れるのでは?

 先年、東京の後楽園ドームで『イタリアフェス』をやったときは、確かマスケラ(仮面)つくりの講習会まであったような。


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絢爛豪華、カーニバル始まる~3

静止画にご不満の向きはこれでドーダ!(但しヴェネツィア版です)

http://video.corriere.it/?vxSiteId=404a0ad6-6216-4e10-abfe-f4f6959487fd&vxChannel=Dall%20Italia&vxClipId=2524_835baaec-fb8b-11dd-aeff-00144f02aabc&vxBitrate=300

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絢爛豪華、カーバル始まる~2

 カーニバルの第2弾。イタリア嫌いの方々は、他国のお祭りをドーゾ。(^_-)-☆カナリア諸島と、パラグアイの分です。ブラジルは、またあとのお楽しみ。

 http://www.corriere.it/gallery/Spettacoli/vuoto.shtml?2009/02_Febbraio/carnevale/2&1

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絢爛豪華、カーニバル始まる!


 絢爛豪華!ヴェネツィアで、カーニバル始まる。ぜひ茶の間でお楽しみを。

http://www.corriere.it/gallery/Spettacoli/vuoto.shtml?2009/02_Febbraio/carnevale/1&1

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田園の美術館ーいすみ散策~番外編2

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 この項、反響が大きいので気をよくして、また番外編を書いてしまった。(^_-)-☆第3セクター「いすみ鉄道」では昨平成20年8月9日、新駅を開業した。

 ご覧の『城見ヶ駅』は、上総中川~大多喜間にあり、大型ショッピングセンターにも近く、沿線の住民に喜ばれているという。

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田園の美術館ーいすみ散策~番外編


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 いいものを見つけたので、おまけとしてお付けしよう。京成電鉄で話題の「いすみ」を歩き、波の伊八まで見せてくれる企画があるらしい。うわさの行元寺へも行くらしい。願ってもない企画だが、生憎あっしには野暮用がある。

 お暇な方、話題づくりに、ひとつ、わらじを履いてみてはいかが?きっと非日常的な発見があると思う。

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田園の美術館ーいすみ散策~17

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 おしまいに出発点となった、いすみ鉄道の「国吉駅」を紹介しておきたい。プラットホームと駅前の写真二枚でこのシリーズもいちおう筆をおくことにした。ご精読を謝す。

 

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田園の美術館ーいすみ散策~16

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 歩きに歩いてとうとう、市境まで来てしまった。ご苦労なことである。(-_-;)

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田園の美術館ーいすみ散策~15

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先日その片鱗をお伝えした伊八の力作。なんとか、一点でも見たいと雨の中、ずいぶん歩いてみたが、ついにその行元寺まで行き着くことは叶わなかった。ひたすら案内板の不備が印象に残る。この一枚だけでどうして、分かりにくい目標まで辿り着けるというのか。よそ者には到底ムリだ。

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田園の美術館ーいすみ散策~14

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 『いすみ』には、こうした随道がいくつもある。

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田園の美術館ーいすみ散策~13

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 外観は、こんな感じです。

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田園の美術館ーいすみ散策~12

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 街歩きに疲れたら、こんなお店で、コーヒーでもいかが?イタリアンらしく、働く店員も若い。

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田園の美術館ーいすみ散策~11

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 その後もぶらぶら歩きを続けていたら、遥か彼方に資料館が見えた。これは館の側面(向かって左側)。

    写真は雨に煙る資料館の遠望。

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田園の美術館ーいすみ散策~10

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後ろ髪を引かれるというと、大げさになる。もっとも後ろ髪も前髪も、今では殆どないが…。そんな思いで館を後にした。二回、三回は振り返ったかも。

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田園の美術館ーいすみ散策~9

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 閉館時間も近づいたのでそろそろ資料館ともお暇しよう。雨の降りしきるなか、遥々やってきたので、いろいろな思いが錯綜して直ちには去りがたく、入り口の面白い「開館中」の看板を写したてみたり、戸外の農機具の展示を見たりして時間を取る。

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田園の美術館ーいすみ散策~8

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 確かに波や威勢のいい鯉などの姿もいいが、この飯縄寺の本堂にあるという「牛若丸と大天狗」などもテーマとしてあっしら素人には面白いものの一つだ。しかも、高さ約1メートル、幅3.5メーターという大きさ。

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田園の美術館ーいすみ散策~7

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 美術展のとなりの部屋を覗くと、そこにはいすみの誇り、『波の伊八』が強烈な存在感をもって鎮座していた。伊八は江戸時代に大活躍した彫物師で、鴨川のうまれ。いすみ市内の行元寺をはじめ、光福寺、長福寺、飯縄寺など数箇所にかれの傑作が散在している。

 このことについては、既に方々で色々な方々が、詳細にわたって報告されているから、ご存じの方も多かろう。ただ、じっさいに見学するには、いずれも町からはかなり離れているので、徒歩ではムリ。どうしても車を使ウことになると思う。

 しかし、そこまで行かなくても、この展示室の真中に置かれた神輿をみても、そこに彫られた伊八の鑿の跡からその片鱗を窺うことは充分にできる筈だ。

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田園の美術館ーいすみ散策~6

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   みなさん、こんばんは。

> おお、そうだ。この写真を載せなければ、この特集も画竜点睛を欠くという紋だ。世界のレオナール・フジタ(藤田嗣治)と写った貴重なワン・ショット。

>> これは貴重な写真ですね。時間と空間の焦点があった写真。

  読者から、以上のコメントがありました。

 時間と空間の焦点かどうか分かりませんが、きょうは偶々テレビをつけたら、いすみ鉄道の社長、吉田平氏が千葉県の知事選に出馬するというニュースを報じているところでした。グットタイミングですね、これこそ。(^_-)-☆

 いすみには、ほかにもいい所がありました。駅からのぶらぶら歩きの途中で、遠路はるばるやって来たゴホービなのか、こんなお地蔵様とお会い出来ました。

 市の説明板によると、貞亨5年に記録があるので、いまから300年以上も前のもののようです。さすがに年輪を感じさせます。一説には、天正年間、当地で苅谷が原の合戦があった際の、死者を弔うために造られたとか。

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田園の美術館ーいすみ散策~5

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おお、そうだ。この写真を載せなければ、この特集も画竜点睛を欠くという紋だ。世界のレオナール・フジタ(藤田嗣治)と写った貴重なワン・ショット。たぶん、パリ市内の喫茶店でのひと時だと思う。ここで何が話題になったのか、知りたいもんだ。

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田園の美術館ーいすみ散策~4

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撮影禁止と書いてないので、失礼して写させて貰いました。1920年代のベルギーなんて、いまのベルギー人でも、知らない人が多いのじゃないかしら。

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田園の美術館ーいすみ散策~3

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  では、そろそろ入ってみますか。向かって右が事務所で、左が会場になっていました。

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田園の美術館ーいすみ散策~2

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みなさん、こんばんは。

これは、展覧会の看板です。

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田園の美術館ーいすみ散策

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 みなさん、こんばんは、

 電車のことを書いてしくじったが、ほんとうは乗り物のことより『田園の美術館』こと、いすみ市郷土資料館訪問記を書くのが目的だったのだ。

 あっしの住まうS街には浅井忠という画家がいて、ヨーロッパで画業の修行をしたらしいが、県内に石井光楓と云う画家がいて、大正時代に渡欧し、パリを中心に活動したという事実は初耳だった。

 40点もの作品群は、いなかの美術館にしては、たいした熱の入れようだとも思った。かれの足跡は、日本(千葉県大原)は勿論のこと、フランス、スペイン、イタリア、ドイツのほか、ベルギー、オランダにまでも及んでいる。

 そのうちのスペインを描いた数点は、ちかく県立美術館の所蔵となる予定だという。特別展示としては、当時のパリの新聞に報道された記事のコピーがあり、そこには文章のほか、世界のフジタと写っている写真が掲載されていた。

 ちなみにこの地から、狩野派の始祖・正信が出ていると聞く。

  写真は、美術館の入り口にある看板。

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』~7

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 駅前の案内板を見ていると、本多忠勝によって攻め滅ぼされたという万喜城(址)をはじめ行って見たいお寺も沢山あるが、バスもあまり便数がなく、天気は雨。運動靴は履いていないし、欲張るのはムリだ。 
 

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』~6

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 初めての地では、なんでもが物珍しくなんにでもカメラを向けてしまう。そこで実際に歩き出すまでに、やたらと時間がかかってしまう。(-_-;)

 駅の装飾は簡素で、たぶん地元の小学生たちの手になるものだろうが、稚拙さとはべつに「一生懸命さ」も伝わってきて、じつに微笑ましい。

 親が手伝ったり、金をかければ、それは立派なものも出来上がるだろう。しかし、子供たちだけで作ったところに、意味があるように思う。

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』~5

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 読者の方の感想です。

> 平均時速30キロ弱 のんびり出来ますね(^^)
> これから菜の花の季節で グーかも

 そうおもったんですが、菜の花畑はありませんでした。わづかに雨の車道の片隅に咲いている程度でした。まだ、時期が少し早いのか。

 梅は農家の庭先では、満開のところも多かったですが…。(-_-;)

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』~4

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  ここは「喫茶室」なので同線『国吉』駅前でみた、洒落たサテンの写真も一枚。なかなか雰囲気が気に入りました。ママが一人で切り回し、サービスも味の方もどうにか。ここで、実は昼食を取りました。(^_-)-☆

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』~3

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 あっしはもう少し古いと思ってたんですが、創業20年。でも、地元の大事な足なんすよね。だから、子供までがこんな可愛らしいオブジェを作ってホームに飾っていました。

 また、どこかで、いすみ鉄道へのカンパの箱もみました。なにか市の公の施設でしたが…。ことに地方の鉄道の経営はいま、タイヘンなんでしょうね。

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乗ってみたい鉄道、いすみ鉄道~2

  読者からこんな反応がありました。(^_-)-☆

> 平均時速30キロ弱 のんびり出来ますね(^^)
> これから菜の花の季節で グーかも

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JR大原駅の出札口で「いすみ鉄道は、一遍出なければだめですか?」と聞いたら「そりゃ、会社が違いますからね」と軽くあしらわれましたが、東京ではいちいち外へ出なくても乗り換えられるのに。ブツブツ。口には出しませんが、心の中で紋句を言いました。

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乗ってみたい鉄道、『いすみ鉄道』

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 乗って見たい鉄道は、人によりまちまちだ。銚子鉄道もなかなか人気があるらしい。だが、あっしは敢えて、いすみ鉄道を選んだ。思い立ったが吉日てえわけで、きのうはあの雨のなか、ご苦労にも(-_-;)紋爺は、大原方面へでかけたのだ。

 いすみ鉄道によせる地元の思いも、銚子の住民に負けないようである。それをあっしは肌で感じてきた。

 乗り方の難しいのが玉に瑕だが、もちろん、親切な地元民が丁寧に教えてくれた。後部に置かれた箱から整理券を取り、降車時、まえの箱に、運賃と一緒にいれる、これで全てだ。料金は箱の上に運賃表があり、自分でしらべる。

 つまり、ワンマン電車なのだ。くわしくは、気動車だが…。

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