〔祝NHK朝ドラ・甘玉堂開店〕
玉を転がすような美しい声とか、まあ、可愛い、玉のような赤ちゃんですこと、といった会話から、白金も黄金も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやもとかいう万葉の古歌、玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば、とかいう古今和歌集の名歌。
玉を追う龍の絵や彫刻や舞踊、足先で玉を抑える狛犬、駅前のパチンコ屋で連日騒々しい音を立て続けている銀色の玉、緑豊かなゴルフ場で、きれいな放物線を描いて飛んでゆくあの小さい白球、先だってのWBCでも大活躍した野球のボール、といった具合に、玉は世界中の至るところで大活躍しています。玉は、普通はいいイメージの言葉ですが、なかには、玉を懐いて罪あり、なんて言葉もあります。ま、タマにはこんなこともあるのでしょう。(-_-;)
この「玉」を生涯、わき見もせずに懸命に追いかけている男を発見。面白いことに、この方、干支がまず、玉を追う辰年で、大学生の時のゼミの先生が小「玉」先生、最初の勤務先が「丸」紅、自営の工場の所在地に至っては、埼「玉」県は「玉」川村大字「玉」川で、趣味が、玉の附く野「球」の観戦と云う念の入れよう。
世の中には、玉を撞くビリヤードという遊びをやる人はケッコウ多いようですが、玉を撞くのでなく、玉に憑かれた人、というのは、チョッと珍しい人種かも。
この人、メシより好きな玉を内外からシコタマかき集めてとうとう東京に「玉の博物館」まで作ってしまった(現在は残念ながら、もうない)というからそのオタクぶりもハンパではない。←ただ、この方の現在のお住まいが、ニコ玉(ニ子玉川)や多摩市でないところが、唯一残念なところ。
世にオタクという特別な種族が存在することは、今では知らぬひとはいないでしょう。この方もご多分にもれず、玉のつく地名のコレクションから始めたようです。何でもそれが、全国で170箇所あったそうです。そのご苦労には頭が下がります。氏の研究は、身近にある野球、テニスなどのボール、シャボン玉、パチンコ玉、ビー玉はもちろんのこと、熱気球、球形スクリーン、球形タンクと段々大きくなって行くかと思うと、ベアリング、ボールペンの球といった具合に小さくなってみたり、ついには直径0.3ミクロンのマイクロスフェアにまで行き着きます。玉と名がつけばその全てを極めようとする氏のひたむきな姿勢には、本当にビックリです。(^_-)-☆この方はまた、玉の本の著者でもあります。
ちなみに、キリスト教では、球は神そのものを現すので、宗教画でも、神の顕現には球を描きこむことが多いようです。『キリスト教シンボル事典』の著者、ミシェル・フイエ氏によれば、球は半球で表される場合が多く、そこから光や、精霊を現す鳩が出たり、ひとびとに祝福を与える神の手が出たりするということです。こうしたことを教わった後では、あっしら異教徒の、西欧やキリスト教に対する理解が一段と深まるように
思います。
ところで、イタキチのあっしも「タマ」には、こうした変った世界も、覗いて見たりするのです。(^_-)-☆ (おわり)