鴎外山脈に挑む
チャレンジなんと云う言葉は今時の若者に受けるらしく、朝のテレビなどにも盛んに出てくる。ひとことにチャレンジというが、後期高齢に達したあっしには、そう生易しいものではない。
よく漱石と鴎外を日本の文豪の代表格になぞらることがあるらしいが、最近あっしは、漱石より鴎外にひかれ、鴎外のものをすこし読んでみたいと思っている。しかし、鴎外の作品もケッコウ多いので読み切れるかどうか。もし全部読み切れなければ、その場合は次回生まれて来たときの楽しみに取っておこうかと思う。なにも、焦ることはないのだ。
顔だけ見る限りでは、いかにも偉そうで、近寄りがたいが、彼にもあっしら平凡な人間同様の悩みがあったらしい。斉藤美奈子のように好きな女を妊娠させておいて、最後まで面倒を見なかった超悪男の代名詞の一言で括るには、ちょっとムリなようだ。
あっしはいわゆるミーハーなので、作品より人物の方へ先に目が行ってしまうが、アプローチの方法としては、あっしのばやいは、これしかない。
でないと、途中挫折は眼に見えている。なりふりは構わず、兎に角1日でも余計にこの『チャレンジ』を続けてみたいものだ。
むかし、子規の多彩な友人を表すのに、『子規山脈』と云う言葉を本のタイトルにした人がいた。あっしの場合は、相手は一人でも世界的な高山である鴎外は、鴎外山脈と名づけたい。まず山麓へいたり、そこから天候の具合などを考えながら、無理をせず、体調も視野に入れながら一歩一歩登ってみたいと思っている。しかし、生まれついての三日坊主、麓へ着くまでに気が変ってしまう可能性はかなり高い。(-_-;)


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