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Re紋次郎一座・お盆興行一幕見は、こちら.


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その第三   いよいよ、現れしこと

 何がってあーた、急に手にしていた盃がふわっと宙に浮いて、隣室の方へ飛んでゆくのだ。あれよあれよと云う間に、今度は刀掛けに掛けてあったあっしの脇差が空中を気持ちよさそうに遊泳し始める。こら待て!と云ったって、相手は人間ではなく、化物なので話がすんなりと通じるわけがない。畏怖衛門はもう腰が抜けて、部屋の隅でガタガタと震えている。一方、ヒマ野は落ち着いてはいるものの、床の間に浮き上がった妖怪の眼をじっと睨み据えている。その時だ、家具などが揺れて、大きなもの音を立て始めたのは。中には勇敢にも、こちらに向かって非常な速さで飛んでくるものもある。あっ、危ない。

 その内今度は、近くに墓などある筈もないのに、座敷のなかを無数の火の玉が、上になったり下になったり、これ見よがしに、また好き放題に浮遊している。生臭い風も、思い出したように、吹き始める。絹を裂くような、をんなの悲鳴のようなものも、背後から聞こえてくる。


 豪胆なヒマ野が、「ろくろ首はまだか」と云い終わるか終らない内に、床の間にひょろひょろと長い首が現れ、忽ちの内に、ヒマ野に迫り、長い舌で左の頬をひと舐めした。「ぶ、無礼者!」さすがのヒマ野も、不機嫌そうに、いつまでも、くにゃくにゃと曲がる首を、日焼けした染みの目立つ、大きな手でさっと払いのける。すると、たちまち、その首は消え失せ、その代わりに今度は、襖に描かれた、ありふれた山村の風景が、なんと、絵師、歌川広重描く薄気味の悪い「平清盛怪異を見る図」に変わっていた。


 昼間ではそう恐怖を覚えない人でも、夜間この薄暗い座敷で、こうした絵を見るのはあまりいい心持のものではない。また、どういう仕掛けがあるのか、絵の中でも抜きんでて大きい髑髏が、徐々に大きさを増して行き、いくら目をそらそうとしても、そばにいる人間を、しっかりと捉えて離さない。まわりにある無数の小さな髑髏も、からころとあたりを転げまわりながら、鬼気迫る不気味な笑い声をあげる。立ち往生した清盛の苦しそうな息遣いさえ、まるであっしらがその画中にでも居るかのように、すぐ近くに感じられる。

 ヒマ野は苦笑いし「敵も中々やりおるおるわい。このところ、歌舞伎の、けれん味さえ感じられる。」と、いささか感心した様子。

 「今日はもう、これくらいでよい。調子に乗って、いつまでもやるな」というヒマ野のどうま声が相手に届いたとは到底思えないが、不思議なことに、それっきり、化け物の姿は見えなくなり、一旦は消えかかっていた行燈の明かりも、ふだん通りの明るさに戻っていた。

 「どうだ、ご主人。化け物も、拙者が思いっきり睨みつけてやったゆえ、当分は遠慮してもう出るようなことはあるまい。」「お有難うございます。」恐怖のため歯の根も合わぬ主人の畏怖衛門は、相変わらず、小刻みに震えながら、蟹のように、その場に這いつくばっていた。

 「しかし、それにしても、今日は何ゆえに、このように大勢の物の怪が現れたのでご座ろう。」と訝るあっしに、ヒマ野は、半分マジメ、半分ふざけたような表情を浮かべて、「そ、それがでござる。つまり、その、当節は、お盆興行なので、先方も張り切り、そのためいつもより特別に出し物の数が多かったので御座ろう」と呟いた。あっしらが、そのあと、河岸を変えて近くの屋台で飲み直しをしたのは、改めて申すまでもないことである。          (おわり)


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 ネタがネタなので、この書き込みアップの時刻には、草木も眠るといわれる、あの、丑三つ時を選んだつもりだったが、相変わらずドジなあっしは、うまく間に合わせることが、出来なかった。(-.-)


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Re紋次郎一座・お盆興行一幕見は、こちら.

          その第二  名主の家で怪に遭うこと 

 桃野は、生まれつき慎重な性格らしく、あらかじめ水茶屋で、化け物屋敷の様子を主人に事細かく説明させてから現地に乗り込んだが、よろず大雑把なヒマ野はそんな面倒な手続きを踏まない。

 直に乗り込んで行って、出ればよし、また仮に出ずとも別に気にはせぬと云う大らかさだ。どうも、化け物と云うものは元来、几帳面な性格の人間を好まぬようだ。人間とは違った、こうした異界のものを相手にするときは、まず先方の都合も、多少は考えてやらねばならぬ。

 なるほど、何代もつづいた名主の家だけあって、建物はかなり古びていて、主人があまり手を入れないのか、吝嗇なのか、あばら家とまでは行かないが、相当傷んでおり、化け物の舞台にはお誂え向きに出来ていた。

 おそらく、あっしらの訪問を今か今かと、待ち望んでいたのであろう。この屋の主人、小輪刈 畏怖衛門は、当然あっしら一行を大歓迎してくれた。何しろ、頼みの綱と思い込んでいた桃野に、あれ以来すっかりそっぽを向かれているので、どうしようもないのだろう。それに、化け物の方でも、畏怖衛門の足元を見たのか、安心して、遠慮会釈もなく、近頃はほとんど毎日のように出てくるようになったらしい。

 例によって豪勢な酒肴が並び、時間つなぎに、あっしも、ヒマ野も、主人の話をマジメに聞くふりをしながら、次々と盃を重ねていった。すこしは酔いが回ったかなと思う頃、やはり怪異は現れた。(つづく)

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Re.紋次郎一座・お盆興行一幕見は、こちら

             その第一 ヒマ野の家を訪ねること

  五日ほどまえのことである。久しぶりに友人のヒマ野を訪ねた。忘れ紋次郎の消息を知るためだ。ヒマ野は、「変わり者の紋次郎のことゆえ、そのうち、ひょっくり戻って来る。心配するな、」と云う。「それより、さいきんこんな怪異があったが、おぬし知っておるか。江戸の西郊に、阿佐ヶ谷村というのがあるが、ここに、付近の住民から化け物屋敷と云って恐れられている名主の家がある。鈴木桃野(トウヤ)とかいう者が、弓道師範の小野竹崖、薬屋などと語らって、その家を訪れた。「ふんふん、」と、あっしも、つい膝を乗り出す。

 「ところが、桃野が行くまでは、化け物も休日返上で毎日まいにち、勤勉に出ておったが、よほど桃野との相性が悪かったのか、このお三方の出向いた日には、一晩中鳴りを潜めて、ことりとも音を立てなかったという。折角、張り切って出かけたのに、一言の挨拶もないと云って、桃野はその後半月ちかくも、ずっと不機嫌で、周囲のものを困らせたらしい。

 それからまた、半月ほどもすると、もう桃野は来ないと、安心したのか、化け物は毎晩几帳面に出現しては、周囲のものを震え上がらせているという。「いま、村では体験ツアというのをやっているようなので、お主も一口乗らぬか」というヒマ野の言葉に、あっしは目を丸くして「そ、そんなものが、ホントウにあるのか」といい、今度は少し疑わしそうな目つきで、ヒマ野のとぼけた様な顏を覗き込んだ。(つづく)

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紋次郎一座・お盆興行一幕見は、こちら

あっしの「忘れ紋次郎退屈日記」を読んだという方から、その後紋次郎はどうしているという問い合わせが、このところ毎日のように届く。忘れ紋次郎などとウッカリ付き合って、そのたちの悪い病いでも移された日にゃあ、その後の人生が真っ暗になるのでご免蒙りたいあっしは今まで適当にあしらってきたが、相手は一向に口撃の手を緩めようとはしない。さいきんは、週刊誌なぞでも「あの人は今どうしている」とかいう特集で、競い合っているのをご存知ないか、と来た。

 そりゃあ、週刊誌はやるでしょうよ、でも取り上げるのはすべて有名人ばかりだというと、なに、自分にくらべれば、忘れ紋の親分だって十分有名でさあ、と今度は持ち上げにかかる。よくいう『あの手この手』である。さすがのあっしも、ついに,根負けして、いやいやながら云うことを聞くことにした。それがつまりは、ここなる「その後の忘れ紋次郎行状記」である。 (つづく)

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